株主の皆様へ(第26回)
『 新CI "IRI-Ubilabs Innovations"の意味するもの 』
~ Xerox Parcのテクノロジー文化を21世紀へ継承するために ~
藤原 洋

IP(インターネットプロトコル)は、21世紀の世界を大きく変える技術革新であり、当社の経営理念である「Everything on IP, and IP on Everything」にもなっていますが、2005年頃からは、IPをコアとするユビキタス・ネットワーク時代が訪れようとしております。この到来間近の新しい社会は、インターネット上で、検索エンジンや仮想商店街、各種eコマースなどによる「サイバースペース」と異なり、IPによる「リアルスペース」を基本としています。当社は、IPを、製造・運輸・交通・物流などあらゆる実空間上における人間社会の活動に適用分野を拡大することを標榜し、この「リアルスペースの創生」を「ユビキタス」というキーワードで捉えております。
そこで、このたび、2002年10月に新設したIRIユビキタス研究所をIRIグループ全体の共同利用研究開発機関として位置づけ「IRI-Ubilabs Innovations」のCI(Corporate Identity)を行いました。このCI には、「IPによるリアルスペース創生」の技術革新による新産業の創生をIRIグループが担っていく、という意味が込められています。
ところで、アップル・コンピュータの創業者(現CEO) スティーブ・ジョブズは、「ゼロックスは、今日のコンピュータ産業を丸ごと手に入れることができた。会社の規模は、そう、十倍にもなっただろう。80年代のIBMや90年代のマイクロソフトになることもできたのだ」と述べていますが、そのゼロックス社と今日のITに関わる多くの発明を成し遂げたパロアルト研究所 (PARC)とは、どういうところだったのでしょうか?
今日、日常生活の一部になっているPPC(普通紙複写機)を世界で最初に世に出した企業こそ、ゼロックス社で、1938年、アメリカ人チェスター・F・カールソンによって発明された乾式複写技術「ゼログラフィー」は、「XEROX」を「複写する」意味として辞書に掲載されるほど普及しました。ゼロックス社は、その優れた先見性を発揮し、通信機器やコンピュータ分野にも進出してきました。なかでも、ゼロックスの研究所である"PARC(Palo Alto Research Center)"からは、数多くの新技術が生まれ、今日のITにおける技術基盤の創生に貢献してきました。例をあげると、カーソルを自在に動かす「マウス」、コマンドを入力することなしに指示できる「アイコン」など、現在のパーソナルコンピュータの基礎となっている「GUI(Graphical User Interface)」、ウインドウシステム、LAN構築に欠かせない「イーサネット」などのネットワーク技術やレーザープリンター、ページ記述言語である「ポストスクリプト」なども、ゼロックスPARC生まれの革新的技術です。このような多くの研究成果の中で、故マーク・ワイザー(Mark Weiser)が、「メインフレーム」、「パーソナルコンピュータ」に続く第3世代のコンピュータの利用形態として、1988年に提唱したコンセプトが、「ユビキタス・コンピューティング」でした。ユビキタスとは、ラテン語の"ubique=あらゆるところで"という形容詞を基にした、「(神のごとく)遍在する」という意味で使われている英語で、ユーザーにとって目に見える形でコンピュータが存在せず、「人間の生活環境の中にコンピュータチップとネットワークが組み込まれ、ユーザーはその場所や存在を意識することなく利用できるコンピューティング環境」を意味していました。この概念は、ワイザーのHCI(human computer interaction)研究の中から生まれてきたもので、場所的な制約ばかりでなく、使いにくさの制約の解消がテーマとなっていました。従って、キーボード、アイコンとマウスといった伝統的なユーザー・インターフェイスに変わって、ペン入力や音声認識、そのほかのデバイスを活用したコンピュータ操作、さらにはコンピュータ・ネットワーク側が個人や現実環境の状況を把握・判断し、アクティブに働きかけるといったことまでが視野に入っていました。例えば、認証者だけに開くドア、名前によって挨拶する部屋、場所に応じて自動的に転送される電話などが含まれています。 ユビキタス・コンピューティングでは、「見えない」(invisible)ことが強調されており、その究極的な姿は「区別がつかないほど日常生活に組み込まれることになる」というものでした。
さて、この80年代生まれの当時の新概念は、十数年の間忘れられていましたが、21世紀を迎え、IPネットワーク技術とワイヤレス技術とが急速に発展し、これらと融合することで、俄かに現実味を帯びてきました。また、「社会における研究開発の担い手」は、世界的規模での独占大手企業/国営企業研究所主導型(20世紀型)から、ベンチャー企業/大企業アライアンス型(21世紀型)へと急速にシフトしてきています。IRIユビキタス研究所では、今日のこの時代的要請に応え、故マーク・ワイザーの夢を実現すべく、あらゆる産業分野にわたるパートナー企業、政府機関、大学等学術研究機関と共に、『組み込み型IPネットワーク技術』の共同研究開発にフォーカスしてまいります。
IRIグループは、このような背景から、今回のCIを契機として、ユビキタス研究所の共同研究成果をもとに、多くのパートナー企業の皆様と共に、21世紀の技術革新を先導していきたいと考えております。
2004年1月20日
株式会社インターネット総合研究所 代表取締役所長 藤原 洋