株主の皆様へ(第35回)
『 中国政府主催経済成長フォーラムに参加して 』
~ 「途上国」から「先進国」へ向けての新たな段階へ ~
藤原 洋
2004年10月30日から10月31日にかけて、中国経済の政策のあり方を議論する中国政府国務院批准共催、中国統計局/江蘇州人民政府/蘇州市人民政府主催の経済成長フォーラムが開催されました。本フォーラムの海外からの招待基調講演者として参加する機会がありましたので、同フォーラムの概要と私の感想についてご報告させて頂きます。株主の皆様には、今後の経済情勢を考えて頂く際に何らかの参考にして頂ければ幸いでございます。
1.中国成長フォーラムの概要
同フォーラムは、蘇州市コンファレンスセンターにて、10月30日午前8時30分から2日間の日程で開催されました。英語では、"China Economic Growth Forum"と呼んでいますが、中国語では、Growthを増長と訳しており、成長させるという意志が込められています。日本では内閣府(旧経済企画庁)、日銀、金融庁などに相当する政府部門が主導していますが、国内外の有識者から幅広い意見を聞く、極めてオープンに経済財政政策を議論する場となっており、1978年から始まった小平改革・開放路線の正当性が四半世紀の歴史を経て実証されつつあることへの自信を感じさせるものでした。梁江蘇州知事の開会宣言の後、以下のような内容の講演が行われました。
・ 基調講演1: 「マクロ・コントロールの理解」
李徳水(国家統計局長)、蘇丁(中国人民銀行副行長)、唐双丁(中国銀行業監督管理委員会副主席)が講演。李氏は、9.5%成長の見通しと共に、昨年の過熱・低迷から脱出したが、食糧生産の低下とダブル工事等の過剰投資に課題があるとし、固定資産投資の抑制と食糧生産の強化を主張しました。蘇氏は、市場化堅持、マクロ調整を継続、金融改革の促進の3点を重視し、中長期のより高金利化を示唆しました。唐氏は、農業・交通・電力への投資の重要性と共に、不良債権、法制度、企業と銀行の交流、リスク検査メカニズムの整備の重要性を強調しました。
・ 基調講演2: 「持続可能な発展」
大星公二(NTTドコモ前会長)、ノーベル経済学賞学者ロバート・マンデル(米国コロムビア大学教授)、牛文元(国務院参事)が講演。大星氏は、10年間で売上14倍の5兆円を達成したベンチャー的だったNTTドコモの成長過程について、携帯電話からiモードを例に起業家精神と技術革新への対応の重要性を主張しました。マンデル教授は、グローバル化、アメリカの供給側の動向、IT革命、ユーロ登場、中国の台頭を基軸とする最優先通貨理論に関して述べました。牛氏は、経済発展には、地域間格差と環境保護が重要で、環境破壊を割り引いたGDP成長率は、1973年の日本は、8.5ではなく5.8%、現在の中国は、9.7ではなく7.3%程度でしかなく、グリーンGDPの算定が重要だと指摘しました。
・ 基調講演3: 「中国と世界経済の衝突と融合」
ラモス(フィリピン前大統領)、胡祖六(ゴールドマンサックス中国代表)、マクレド・ナイロンゲ(国連駐中代表)、藤原洋が講演。ラモス氏は、中国は、製造大国として成長し東アジア経済発展連合体を作り、空洞化している日本、韓国も刺激すれば、アメリカ、EUに対抗可能な存在になれると主張しました。胡氏は、中国は、世界経済の脅威ではなく貢献者であり、輸出・輸入大国となった。明朝から始まった鎖国を打破し、改革・開放路線を堅持すべきで、WTOの遂行、先進国/途上国間のブリッジ、人民元の変動相場制への移行準備、政府関与の極小化を強調しました。ナイロンゲ氏は、グローバル化は全ての国の繁栄の重要性と共に、主権国家を認め、他国との衝突を回避する政策の必要性について話しました。私は、「アジア経済におけるITの役割」というテーマで、21世紀のITの技術革新と市場開拓が、アジア主導に移行していることを前提に、デフレ経済脱出のためのユビキタス技術を組み込んだ新たな製造業のビジネスモデルの提言を行いました。
・ ゼネラルセッション1「経済発展のための政策選択」
ジョナソン・アンダーソン(UBSマネージングディレクター)、花井健(みずほコーポレート銀行上海支店長)、ジョエル・サン(ロングインターナショナル代表)、庄健(アジア開発銀行中国代表)によるパネルディスカッション。
・ ゼネラルセッション2「中国の製造業」
紀向群(蘇州開発区)、徐之傳(江蘇隆力バイオサイエンス社長)、李祖元(華碇電脳集団社長)、蔡徳良(グランショカ中国代表)、フィリップ・ワン(マックウェリー香港代表)によるパネルディスカッション。国営企業、民間企業、および外資系企業経営者の直面する課題などについて様々な立場の違いに立った活発な議論がなされました。
・ ゼネラルセッション3「中国企業の成長」
劉寿文(華北製薬集団総裁)、王松山(中国華禄集団社長)、唐駿(盛大網路社長)、李清譚(高雄中山大学教授)によるパネルディスカッション。特に、唐氏は、政府によるマクロコントロールは過熱解消程度にしか効果はなく、市場経済には効果がないと、明確に主張しました。
・ 基調講演4: 「経済発展のための産業界の支援」
・ 基調講演5: 「中国経済の見通し」
2.中国経済フォーラムに参加した感想と当社の今後の展開
~毛沢東思想を重視しつつも小平改革路線を堅持する百年の計~
訪中は今回で7度目になりますが、経済人がこれだけ集まったフォーラムに参加して改めて感じたのは、国内需要を中心に20世紀の世界経済を担ってきたアメリカに代わって、中国は間違いなく21世紀の世界経済の行方を一手に担う存在になったということです。西側を代表する現代通貨経済の父であるマンデル博士なども、完全にマルクス経済学を脱皮し、近代経済学にもない計画経済下の市場経済政策という新たな政策を次々に実行している中国経済に対して、大きな関心を寄せています。
今回、10月29日に中国がマクロコントロールに基づいて行った、貸出、預金の各金利を期間一年物についての0.27%引き上げ、各5.58%、2.25%とした利上げは、過熱投資を抑制する正常化への姿勢を見せたものであると思われます。利上げ幅としては年0.27%と小幅で、本格的な固定資本投資を金利操作だけで抑えようというものではなく、実際は、成長政策を維持しているように思えます。但し、今回の利上げで特徴的なのは、「上限金利制度の撤廃」があります。このことで、銀行は貸出先を見て何%の金利でも貸すことができることになり、様々な不正や地下金融を排除し、実際の引き締め効果も狙っているように考えられます。今回のマクロコントロールが、こうした狙い通りの成果を上げられるかは定かではありませんが、多くの中国や特に台湾の経済学者やビジネスマンがこれを歓迎し、世界経済にとっても良いことであると認識しているという実感を得ました。
中国は、4000年の歴史を持ち、長い封建社会を経て、毛沢東思想による人民解放で一気に革命へと突き進んだわけですが、今回のフォーラムに参加した台湾の経済学者が、最近の中国経済に対する印象として「毛沢東の言葉を思い出した。中国人民は勝利したのだ」と語った時、場内は、大いに盛り上がりました。特に、台湾の経済学者が言ったことが盛り上がりの要因ですが、今回、中国の若いビジネスマンからは、「小平が政権を取らなかったら、中国は北朝鮮のようになっていたかもしれない」という言葉を聞きました。これまで、欧米各国や企業との交流が主体だった私にとって、このように、歴史といい、13億人の人口といい、別格の規模と異質な価値観という印象ですが、「百年の計」を重んずる大局観は、当社の経営理念にかなり通ずるものがあるように思えました。毛沢東思想を根本に置く人々に対して、私は、講演の冒頭で、「封建社会を崩壊させ資本家/労働者関係による社会形成の原動力となった、動力機関や物質科学の発明に対して、IT革命は、生産者/消費者関係によるネットワーク社会形成の原動力となる」話をしたのですが、多くの人々は理解してくれたように思えました。
蘇州での土曜日・日曜日でのフォーラム参加の後、月曜日・火曜日には、上海市政府と有力企業の経営者、技術者との交流を行い、当社の今後の中国ビジネスを展開する上で、貴重な交流機会となりました。
一般的に、中国ビジネスは多くの日本企業にとって避けて通れない道ですが、大半の企業は、多かれ少なかれ失敗を繰り返してきたように思えます。当然、日本企業との間には、昨今の「世界の工場中国」の台頭によって、低コスト下での高品質化による製造委託関係はあると思いますが、これだけでは一過性の関係であり、いずれ技術移転が進んだ後には何も残らない関係のように思えます。当社グループとしては、2年前にJRグループ企業と合弁で設立した上海佳路技術発展有限公司(当社持分25%)を拠点として、情報収集と日系企業向けの小規模なコンサルティング事業を行ってまいりましたが、いよいよ機は熟したように思えます。そして、今回の訪中を契機に、そう遠くない時期に本格的な中国ビジネスを開始する準備に入りたいと考えております。
当社は、かねてから述べさせて頂いているように、連結決算を重視し、以下の成長フェーズを定義した事業展開を行ってまいりました。即ち、第1フェーズ: 【資金調達における競争】、第2フェーズ: 【顧客獲得における競争】、第3フェーズ: 【株式市場における競争】ですが、今後は、ベンチャー企業が真に成長できるか否かの第4フェーズ: 【国際市場における競争】に向けて、中国ビジネスをはじめとする国際競争フェーズにおいて経営戦略を策定・実行する所存であります。
当社は、今回、株主の皆様のご支援によって技術革新を担う企業であるという評価を得たことから中国政府主催の経済フォーラムに招待頂くことができましたことを感謝申し上げると共に、最後に日本側事務局として中日関係の強化にご尽力された矢野経済研究所の皆様に敬意を表し、新たな成長フェーズに入ったことのご報告とさせて頂きます。
2004年11月4日
株式会社インターネット総合研究所 代表取締役所長 藤原 洋