第4回 IPが形成するポストPCのコンピュータ産業とは?
(2006年4月)

無線環境が叶えるユビキタス・コンピューティング

 前回は、IPの登場による「コンピュータ業界の構造変化」という話題を取り上げ、かつての封建的なメインフレーム王国を崩した技術革新として、「マイクロプロセッサの登場」があり、1人に1台のパーソナルコンピュータ(PC)へと進化し、それらをインターネットで相互接続することによりコンピュータ業界は激変しつつあるというお話をしました。今回は、ずっと以前からポストPC時代を見据えていた2つの別々のアイデアが、じつはインターネットによって実現してしまったという話題について触れます。
 まず、最初のアイデアが、ユビキタス・コンピューティングです。これは、ご存知のように米ゼロックス・パロアルト研究所のマーク・ワイザーが、メインフレーム、パーソナルに続く「第3のコンピュータ」利用形態として1988年に提唱した概念で、1人が多くのコンピュータを利用するものです。しかもここで重要なのは、目に見えないコンピュータを「意識せずに使用する」ということです。しかし、このユビキタス・コンピューティングなる概念は、時を経て今日のワイヤレス・インターネット環境によって初めて実現しようとしているのです。

iPodにみる、ユーザー・エクスペリエンス

 第2のアイデアは、ユーザー・エクスペリエンスで、1993年に当時アップルコンピュータの副社長であり、User Experience ArchitectにおいてGUI開発に携わっていた認知心理学者のドナルド・ノーマン氏が、ユーザビリティの高い製品開発を進めていく上でめざすべきゴールを示した概念です。わかりやすく言うと、「使い勝手や使いやすさに加えて、製品/サービスによってもたらされる成果や使用感、使用中や使用後にユーザーの中に起こった感情なども含めたユーザーの体験すべて」を指します。また製品の機能や性能を議論する前に、ユーザーにどんな経験を提供できるのかという視点から、製品/サービスのコンセプトを練るアプローチを指します。
 最近ノーマン氏と話してみて改めて感じた彼の業績は、ユーザー自身も気付いていないような「製品に対する気持ちや印象」を引き出すために認知心理学をベースとした評価手法や分析方法を導入したことであり、この考え方と手法の延長こそが「ユーザー・エクスペリエンス」であるといえます。この概念もインターネットの登場によって初めて現実のものとなりました。その最大の成果が図に示すアップル社のiPodです。ユーザー・エクスペリエンス設計は、インターネット時代に最も適した製品/サービスの設計手法であり、技術要素を最適化するために事前に使いやすさを作り込む手法であるといえます。