第23回 インターネット革命は製薬業界を変えるか?
(2007年11月)

革命的な創薬手法「Long Tail Drug」

 今回は、「インターネット革命はバイオテクノロジーの主戦場である製薬業界を変えるか?」という話題です。
 これまでの、広義の情報通信関連産業分野と異なり、今回取り上げた製薬業界は、試験管を振って作られる試作品を動物実験や治験を経て製品化することを主なアプローチとしてきた業界で、これまで、情報通信とほとんど無関係だった業界です。
 しかし、ここにインターネット的な技術革新がいま、起ころうとしているのです。その主導的立場にあるのが、なんと日本人で、システムバイオロジー研究機構の北野宏明博士です。
 北野博士は、これまで、科学技術振興事業団の北野共生プロジェクトで「システムバイオロジー」なる新分野を提唱・開拓し、さまざまな学術的研究成果を産んできましたが、今回は、その次なるステップとして「Long Tail Drug」という全く新たな創薬手法を提唱しています。

「薬の効き方」にもロングテール現象

 元来、ロングテールとは、書籍別販売量分布図が恐竜の姿に似ているというので、売れ筋(ヘッド部分)書籍を中心に販売するリアル店舗型書店と少数しか売れない(テール部分)書籍も扱うネット上の仮想店舗型書店とを比較して出来た、インターネットによる流通革命を象徴する言葉です。しかし、このロングテールは、何も書籍販売に限ったことではなく、どうやら、「薬の効き方」にも共通するというわけです。
 たとえば、癌などの病気の原因遺伝子が大きな影響をもつヘッド部分の分子であることが分かってきており、これをターゲットとする薬では、「大きな影響があって、副作用の危険もある」薬となってしまうことが多く、それなら「個別では、大きな効果がない(テール部分)分子をターゲットとする薬の複合で効果を上げつつ副作用を避けよう」という発想です。そのメカニズムの解明は極めて重要な局面を迎えています。

製薬業界に起こるIT業界と類似の変化

 現在の創薬アプローチは、たとえば、がん細胞で高発現する遺伝子を同定し、その転写産物であるタンパク質の活性を抑制する薬を創るというアプローチが主流だとされていますが、既に限界が生じています。
 これに対して、「Long Tail Drug」では、がん細胞と正常細胞に存在する重要な分子をそれぞれネットワークモデル化し、効果と副作用について同時にロバストネス解析して、有効な薬の組み合わせを決めていく手法を取ります。この結果起こるのが、知的所有権の役割の変化です。
 これまで、従来型アプローチによる多額の研究開発費を投じ、激しい新薬開発競争を行ってきた製薬業界にIT業界と類似した変化が起ころうとしているのです。

強力に支援したい「オープン・ファーマ」

 すなわち、北野博士が「オープン・ファーマ」と呼ぶこの構造変化は、インターネットによって生まれた「オープン・ソース」というソフトウェアにおける知的財産の役割の変化に酷似しているといます。
 この「オープンファーマ」は、漢方薬が経験的に行ってきた組み合わせ型アプローチにインターネット的な情報収集とネットワークモデルによる解析いう考え方を導入したものともいえます。これによって「新化合物の合成」から「ジェネリック医薬品の組み合わせ」へと業界構造に大きな変化が起こることでしょう。
 また、一方では、情報通信技術の活躍の場が創造される局面でもあり、日本の情報通信業界もこの日本発システム創薬プロジェクトを強力に支援したいものです。